過去のデータという正論そして極論
巷では、1970年代のスタグフレーション期を引き合いに「バイ&ホールドの終焉」を説く声が大きくなっている。株価評価の引き下げ(PERの収縮)を予想するそれ自体は
過去の歴史に照らせば間違いではない。むしろ一つの正論だと私も思います。
だけどそれはあまりに極論すぎるのではないでしょうか?
2026年の今はあの70年代とは構造が決定的に違うと私は思います。
70年代にはなかった、現代の「武器」
まず一つは当時には存在しなかったAI・半導体という世界的な生存競争のエンジンが存在します。
そして日本企業には「DOE(自己資本配当率)」という資本効率への強い執念できました。
さらには70年代はスマホも高速取引もなかった時代のチャートです。今のデジタルのスピード感にそのまま当てはめるのは、あまりに乱暴な机上の空論と言える部分も多いと思います。
AIに話を聞いてみるとレジリエンスを高めましょうと教科書通りの綺麗事教えてくれます。
その間に、現場ではもっと生々しい選別が始まっているのではと私は思います。
今を見極めよう
本日(2026.03.19)日経平均が一時2,000円安を記録し、全員がパニックで換金売りに走る人が多かったと思います。 新NISAの熱狂に浮かされていた人々が荒波に飲まれています。
国が守ってくれるという期待も、過去のデータをなぞるだけの予言も、今の相場ではそれ単品では無力だと思いませんか?
現金は守りとして強いですが、インフレ耐性が弱いという側面が存在します。
国が守ってくれるという可能性は安心を与えてくれます(昨今の日本ではなかなか感じれない部分はあると思いますが・・・)そして過去のデータは相場の参考資料として考え方の一つになります。
過去のデータはデータとして捉え、今の相場環境、世界情勢と向き合うことが一番大切です。
過去のデータばかり見て心配している貴方・・・あなたが今向き合うのは過去の相場ではなく現在の相場です。
もっと広い目を持ち今の相場と向き合ってみてはいかがでしょうか?
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