100年に一度が何度も来るのはなぜ?

学術的視点から考える投資

「そんな下げ、ほとんど起きないはず」が意外と来る

値動きの大きい日に「今日は5σ級の下落でした」という説明を見かけることがあります。σは標準偏差のこと。平均からどれくらい離れた動きだったかを表す単位です。

5σと聞くと、ものすごく珍しい感じはしますよね。実際、値動きがきれいな正規分布に従い、毎日が同じ条件で独立しているなら、平均からプラスかマイナスへ5σ以上離れる確率は約0.000057%。およそ174万日に1回です。年間250取引日なら約7,000年に1回という計算。

ところが市場では、大きな値動きが「7,000年待たないと見られない」という感覚にはなりません。数十年投資していれば急落も急騰も何度か目にする。計算が間違っているというより、計算の前提が市場の値動きと合っていないんですよね。

じゃあ正規分布は使えないのかというと、そこまで単純でもない。普段の揺れをざっくり比べるには便利。でも、端っこの大きな損失まで同じ形で考えると、危ない日の頻度を軽く見やすい。今回はその境目の話。

まず正規分布を、釣り鐘の形で見てみる

正規分布は、平均の近くが最も多く、離れるほど少なくなる左右対称の分布。身長や測定誤差など、いろいろな場面に登場します。

起こりやすさ
        /\
       /  \
      /    \
     /      \
  ───────────────── 値
   -3σ -2σ -1σ 平均 +1σ +2σ +3σ

平均と標準偏差が分かれば、どの範囲へどれくらい入るかを計算できる仕組み。

平均からの範囲正規分布で範囲内に入る割合範囲外に出る割合(両側)ざっくりした頻度
±1σ約68.27%約31.73%約3回に1回
±2σ約95.45%約4.55%約22回に1回
±3σ約99.73%約0.270%約370回に1回
±4σ約99.9937%約0.00633%約1万5,800回に1回
±5σ約99.999943%約0.0000573%約174万回に1回

たとえば、ある指数の日次リターンを平均0%、標準偏差1%と仮定。正規分布なら±3%が3σ、±5%が5σです。±3%超は両側で約370日に1回。±5%超は約174万日に1回。

ここでの数字は「その指数が本当にこの確率で動く」という予測ではない。平均0%、標準偏差1%、正規分布、日々の条件が一定という仮定を置いた時の理論値。その仮定から現実がどれくらい外れるかを見る基準です。

ファットテールは、太った尻尾ではなく「端が減りにくい」分布

分布の中央から離れた部分がテール、つまり裾。正規分布より裾の確率が大きい分布がファットテールです。

起こりやすさ

       正規分布
         /\
  厚い裾/  \厚い裾
  ──/─────\────
 大幅下落          大幅上昇

中央の普段の値動きだけなら、正規分布とそこまで違わなく見えることもある。違いが出やすいのは端。急落や急騰のような大きな変化が、正規分布で想定するより多い。

Mandelbrotは1963年、綿花価格などの変動をもとに、価格変化をガウス分布、つまり正規分布で扱うモデルへ異議を出しました。大きな価格変化が正規分布の予測より頻繁に現れるとして、安定パレート分布を使うモデルを提案。

この論文のモデルをそのまま個人の投資へ入れる必要はない。受け取りたいのはもっと素朴な話。平均から遠い値動きを「例外だから無視」で片づけると、投資で困る日の設計が抜けてしまうということ。

見方正規分布のイメージファットテールのイメージ
普段の変動平均周辺へ集まる平均周辺へ集まる部分もある
大きな変動急速に起こりにくくなる正規分布ほど急速には減らない
5σの解釈ほぼ起こらないσの当てはめ方自体を疑う
投資での注意標準偏差で要約しやすい端の損失を別に点検したい

「ファットテールだから明日暴落する」ではない。いつ起きるかは別の問題。発生時期を当てられなくても、標準偏差の外側へ想定を広げる理由にはなります。

平均と標準偏差が同じでも、下落の中身は違う

架空のAとBで比べてみる。どちらも平均リターン0%、標準偏差も同程度という設定。でも、値動きの作られ方は違う。

資産多くの日ときどき起きる動き平均・標準偏差だけの印象
A小幅な上下やや大きな上下比較的そのまま読める
BAより静かな日も多いごくまれに非常に大きく下落Aと近く見えることがある

Bは普段おとなしい分、直近の標準偏差が小さく見える時期もありそうです。そこへ急な価格飛躍、売買の薄さ、レバレッジ解消が重なると、過去の標準偏差では収まらない下落が出る。

低ボラティリティがそのまま低リスクとは限らないのは、このため。毎日の揺れが小さくても、出口が細い、損失が非線形、価格が飛ぶという弱点は標準偏差だけでは見えにくいんですよね。

保険会社のように「小さな利益を積み、まれな大損失を引き受ける」形の投資も同じ。勝率が高く、月次成績が滑らかでも、一度の損失が過去の利益を消すなら、平均だけでは足りないんですよね。

値動きの大きい日は、均等に散らばってくれない

Rama Contは2001年の論文で、さまざまな金融市場に共通して観察される性質を整理。厚い裾に加え、ボラティリティ・クラスタリングもその一つです。大きな値動きのあとに大きな値動きが続き、小さな値動きのあとには小さな値動きが続きやすい性質。

方向そのものは読みづらくても、動きの大きさにはまとまりが出ることがある。

静かな時期:  ・ ・ ・・ ・ ・

荒い時期 :  ↑↓  ↑  ↓↓ ↑↓
                    大きな動きが固まる

毎日が同じコイン投げのように独立で、変動率も一定なら、大きな下落の翌日も普段どおりの幅で考えられます。でも実際は、市場が荒れ始めると証拠金、損切り、資金流出、流動性低下が重なりやすい。昨日までの静かな標準偏差を、そのまま明日へ置くのが苦しくなる場面も。

Contの整理には、単純なリターンの自己相関は小さくても、絶対リターンや二乗リターンの依存はゆっくり減るという性質もあります。上か下かは当てづらい一方、荒れている状態は少し残りやすい。方向予想と変動幅の観察は別の仕事というわけ。

「5σが起きた」は、自然法則の5σとは少し違う

市場で5σという時、直近何日かの平均と標準偏差を使い、当日のリターンがどれくらい離れたかを表す場合があります。計算自体はできる。でも、その確率を正規分布の表へそのまま入れ「約174万日に1回」と断定するには、かなり強い仮定が要る。

確認したい前提市場で崩れやすい理由
リターンが正規分布実際には厚い裾や歪みが見られる
標準偏差が一定静かな時期と荒い時期で変わる
各日が独立値動きの大きさにはクラスタリングがある
価格が連続して動くニュースや市場閉鎖中にギャップが出る
いつでも売買できる混乱時には板が薄くなり、想定価格で売れない

なので「5σだった」は、そのモデルの中で非常に大きかった、くらいに受け取る方が自然です。宇宙が7,000年分の奇跡を起こしたというより、普段用の物差しを荒れた市場へ当てたら目盛りを振り切った可能性もある。

この話をすると「統計は役に立たない」となりがちですが、それも違う。モデルが外れた時に、どの前提が外れたかを教えてくれるのも統計の役目。正規分布は現実そのものではなく、比較の土台です。

正規分布を捨てず、担当範囲を狭くする

標準偏差は、日常的な揺れの比較、資産同士の相対比較、ポートフォリオの概算には今も便利。問題は一つの指標へ仕事を詰め込みすぎることです。

知りたいこと使う候補補足
普段どれくらい揺れるか標準偏差、ATR観測期間も確認
下落側へどれくらい偏るか下方偏差、損失分位点分布の左右差を見る
過去にどれくらい沈んだか最大ドローダウン回復期間もセット
急落時に売れるか出来高、板、売買代金平常時だけで判断しない
複数資産が一緒に下がるか相関、危機時の同時下落通常時との変化を見る
想定外で生活が壊れないかストレステスト金額と期限で確認

平均と標準偏差は「普段の説明係」。最大下落やストレステストは「困る日の点検係」。流動性は「逃げ道の点検係」。担当を分ければ、どれか一つを万能な数字にしなくて済む。

VaRも、答えではなく条件付きの数字

リスク管理ではVaR、バリュー・アット・リスクという指標も使います。たとえば「1日99%VaRが10万円」なら、通常のモデル上は1日の損失が10万円以内に収まる確率が99%という意味。残り1%では10万円を超える。

勘違いしやすいのは、10万円が最大損失ではないこと。超える確率は示しても、その先が20万円なのか100万円なのかは別の話。

損失の分布

普段の99% ┃ 残り1%の尾
────────┃━━━━━━━━━━━━→ 損失
          VaR    どこまで伸びるかは別問題

過去データでVaRを作る方法、正規分布を仮定する方法、シミュレーションする方法でも結果は変わる。荒れ相場で相関や変動率が変われば、平常時の推定値は頼りにくい。

個人投資家が複雑なVaRモデルを作る必要はないと思います。それより「いつもの変動の2倍、3倍が続いたら」「一晩で価格が飛んだら」「売りたい時に半分しか売れなかったら」を金額で置く方が使いやすい。

100万円の保有を、標準偏差ではなく生活側から見る

100万円分の値動きが大きい資産を持つ例で考えます。日次標準偏差を2%と見積もれば、1σは約2万円。正規分布の感覚なら3σで約6万円です。

でも、保有額を決める時に「3σを超える日はほぼない」とは置かない方がよさそう。仮に一日で10%下落なら10万円、30%下落なら30万円。売買が成立しづらく、翌日も下がればさらに広がるかもしれない。

想定場面100万円保有の評価損自分側で確認すること
1日で-5%5万円その日の判断を急がないか
1日で-10%10万円眠れない、仕事へ影響しないか
数週間で-30%30万円生活資金を取り崩さないか
-50%かつ回復に数年50万円資金期限まで持てるか
売買停止・流動性低下損失額を即確定できない現金が別にあるか

どこまで下がるかを当てる表ではなく、下がった時の自分と家計を先に見る表。-30%で計画が壊れるなら、将来の確率を精密にするより保有額を小さくする方が早い。

ファットテールを理由に、ずっと現金だけにするのも違う

大きな損失が正規分布より多いと聞くと、投資しない方がいい気もします。でも、預金だけならインフレや機会費用があり、長期目標へ届かないリスクもある。危険がゼロの選択肢へ逃げる話ではないんですよね。

厚い裾から考えたいのは「当てる」より「残る」。一度の下落で退場しない保有額、生活資金と混ぜない口座、借入やレバレッジを広げすぎない設計、値下がり時にも保有を続けられる分散。少し地味でも、予測より長く効きます。

レバレッジが入ると話はさらに厳しくなる。現物なら-30%で評価額が減るところを、借入や証拠金取引では強制決済や追加資金が入り、回復を待つ選択肢そのものが消えることがある。ファットテールとレバレッジは相性が悪い組み合わせです。

備え狙い注意点
生活防衛資金を別に置く安値で生活費のために売る事態を減らす必要額は家計で変わる
一銘柄の上限を決める個別要因の大損失を限定する上昇後の比率も点検
レバレッジを抑える強制決済と破産確率を下げる平常時の効率だけで比べない
資産と地域を分ける一つの事故への集中を減らす危機時は相関が上がることもある
現金化の期限を合わせる回復を待てない資金を市場へ置かない教育費や住宅資金の日付を確認

自分の保有を点検する5つの質問

難しい分布を推定しなくても、次の質問なら使えそう。

質問自分の場合
過去の標準偏差を「最大損失」と勘違いしていない?
30%下落しても生活資金は別に残る?
大幅下落が数日続いた時、追加証拠金や強制決済はある?
売りたい時に売れない商品や銘柄をどれくらい持っている?
複数資産が同時に下がった時の金額を計算した?

最後の質問は少し嫌なんですけど、やっておきたい。平常時の相関が低い資産でも、市場全体が資金を求める局面では一緒に売られることがあります。「分散しているから大丈夫」ではなく、全部が同時に20%下がった金額も一度見る。

計算して不安が強すぎるなら、リスク許容度が低いと責める話ではない。保有額が今の生活に対して大きいのかもしれない。統計を学ぶ目的は怖さを我慢することではなく、我慢しなくて済む大きさへ直すことだと思います。

予測できない端っこは、金額で受け止める

正規分布は、平均の周りにある普段の値動きを要約するには便利。でも市場のリターンには厚い裾が見られ、荒い時期がまとまる性質もある。5σという言葉だけで、発生確率まで正確に分かった気にならない方がよさそうです。

かといって、毎日暴落を警戒して売買する必要もない。端っこが何月何日に来るかは分からなくても、来た時に困る金額は計算できます。

標準偏差で普段を見る。最大下落とストレステストで困る日を見る。流動性で出口を見る。そして、生活資金と保有額で最後に受け止める。予測より少し地味でも、投資を続けるにはこの順番の方がしっくりきます。

※本記事は統計とリスク管理の一般的な考え方を扱う記事です。記載した確率と価格変動は説明用の仮定であり、特定市場の将来確率や最大損失を示すものではありません。

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