全体の利益率が上がっても安心できない|シンプソンのパラドックスから学ぶ決算の見方

学術的視点から考える投資

全社の利益率が上がった。じゃあ全部うまくいってる?

決算で売上高と営業利益を見て、営業利益率も上がっている。数字だけなら、事業の稼ぐ力が良くなったように見えます。

でもセグメント別の表を開くと、主力事業も新規事業も利益率が下がっている。

「全体は改善しているのに、全部門は悪化ってどういうこと?」となりますよね。計算間違いではありません。各事業の売上構成が大きく変わると、全社平均と事業別の方向が反対になることがあります。

統計学には、集計した数字で見えた傾向が、グループへ分けると弱くなったり逆転したりする「シンプソンのパラドックス」があります。

決算で似たことが起きるのが、全社利益率とセグメント利益率です。平均は正しい。でも「何が良くなったのか」までは、平均だけでは教えてくれないんですよね。

シンプソンのパラドックスって何?

1951年、統計学者のE・H・シンプソンは、複数のグループをまとめた表と分けた表で、関係の見え方が変わる問題を論文で扱いました。

難しそうに聞こえるけれど、日常の平均でも似たことは起きます。

たとえば、平日料金1,000円の店と休日料金2,000円の店があるとします。どちらも100円値下げしたのに、翌月の平均利用単価は上がった。そんなことがありえます。

平日の利用が減り、休日の利用が大きく増えれば、全体では高い料金の利用割合が増えるからです。各料金は下がったのに、平均は上がる。平均を作る「人数の割合」が変わったために起きます。

決算なら、人数の代わりに売上構成比、料金の代わりに事業別利益率を置けば考えやすくなります。

各事業は悪化したのに、全社利益率は12%から27%へ

架空の会社に、高利益率のソフトウェア事業と、低利益率の機器事業があるとします。

前期

事業売上高営業利益率営業利益
ソフトウェア100億円30%30億円
機器900億円10%90億円
全社1,000億円12%120億円

今期

事業売上高営業利益率営業利益
ソフトウェア900億円29%261億円
機器100億円9%9億円
全社1,000億円27%270億円

ソフトウェアの利益率は30%から29%へ低下。機器も10%から9%へ低下しています。各事業の採算は、どちらも1ポイントずつ悪くなりました。

それでも全社利益率は12%から27%へ上がっています。高利益率のソフトウェアが売上の10%から90%へ増えたためです。

各事業の採算
ソフトウェア 30% → 29%  悪化
機器         10% →  9%  悪化

売上構成
高利益率事業 10% → 90%  大きく増加

全社利益率
             12% → 27%  改善

「全社利益率が15ポイント改善した」だけを読むと、値上げやコスト削減で各事業が強くなったように感じます。実際に起きたのは、採算の良い事業が全社に占める割合の上昇です。

もちろん、それも立派な改善です。高収益事業を伸ばす戦略が成功したとも言えます。でも改善の理由が違えば、次に確認するものも変わります。

全社利益率は「利益率×構成比」の足し算

全社利益率は、各事業の利益率を単純に足して割った数字ではありません。売上の大きさで重みを付けた加重平均です。

全社利益率
= Σ(各事業の売上構成比 × 各事業の利益率)

前期なら、次の計算になります。

ソフトウェア 10% × 利益率30% = 3ポイント
機器         90% × 利益率10% = 9ポイント
合計                              12%

今期はこうです。

ソフトウェア 90% × 利益率29% = 26.1ポイント
機器         10% × 利益率 9% =  0.9ポイント
合計                               27%

全社利益率が動く理由は、大きく二つへ分けられます。

要因何が変わった?企業分析での意味
採算の変化同じ事業の利益率が上がった・下がった値上げ、原価、生産性、競争環境を見る
構成の変化高利益率・低利益率事業の割合が変わった成長事業、需要、撤退、季節性を見る

実際には両方が同時に動きます。だから「利益率が上がった理由」を一つに決めず、採算と構成を分けてみる必要があります。

構成比で上がった利益率は、質が低いの?

ミックス改善や事業構成の変化と聞くと、「本当の成長じゃない」と疑いたくなるかもしれません。でも構成比による改善が悪いわけではありません。

低採算事業を縮小し、高採算事業へ人や資金を移す。会社が意図して進め、翌期以降も続けられるなら、利益構造そのものが良くなっています。

反対に、季節要因や納期のずれで高利益率商品の売上が一時的に増えただけなら、そのまま続くとは限りません。

構成比改善の背景持続性を見る質問
高収益事業が成長した顧客数、受注、継続率も伸びているか
低採算事業を縮小した売上減より利益改善が大きいか
値上げ品の販売が増えた数量減や解約増が起きていないか
季節商品が多く売れた前年同期でも同じ季節性があるか
大口案件を計上した翌期にも似た案件が続くか
為替で海外売上が膨らんだ現地通貨ベースでも伸びているか

高利益率事業の比率が上がったなら、その事業がなぜ増えたかまで見ます。構成変化が戦略なのか、一時的な売上時期のずれなのか。そこまで分かると全社利益率の見え方が変わります。

反対に、全社利益率が下がっても全部悪化とは限らない

逆向きのケースもあります。

高利益率事業と低利益率事業の採算がそれぞれ改善していても、低利益率事業が急成長すれば全社利益率は下がることがあります。

事業前期利益率今期利益率事業単体の変化
高利益率事業30%31%改善
低利益率事業10%11%改善

前期は高利益率事業が売上の90%、今期は10%になったとします。低利益率事業が大きく増えた結果、全社利益率は28%から13%へ下がります。

全社だけなら「利益率が15ポイントも悪化」と見えます。でも各事業の採算は良くなっています。低利益率事業の成長が、将来の規模拡大や継続収益につながるなら、今期の全社利益率低下だけで悪化と決めにくいでしょう。

とはいえ、低利益率の売上ばかり増え、資金や人員を大量に使うなら手放しでは喜べません。売上成長と利益の質を一緒に見る必要があります。

平均が上がったら安心、下がったら悪化。この二択から離れられるのが、事業構成を見る良さです。

平均値は嘘ではなく、別の質問へ答えている

「平均は信用できない」と言い切るのも違います。全社利益率は、会社全体が売上からどれだけ営業利益を残したかへ正しく答えています。

答えていないのは、次の質問です。

  • 各事業の採算は良くなったか
  • どの事業が全社数字を押し上げたか
  • 改善は値上げか、原価低下か、構成変化か
  • 来期も同じ売上構成が続くか
  • 低採算事業を増やす意味はあるか

全社数字へ事業別数字を足すのは、平均を否定するためではありません。違う質問へ答えてもらうためです。

この考え方は営業利益率以外にも使えます。

全体で見る数字中身を分ける軸
平均販売単価商品別、地域別、顧客別
売上成長率既存店、新店、買収、為替
解約率契約期間、料金プラン、顧客規模
従業員1人当たり利益職種、地域、正社員・外部人材
ポートフォリオ収益率資産別、通貨別、投資時期別
売買の勝率戦略別、相場環境別、損益額別

平均単価が上がっても、全商品を値上げしたとは限りません。高価格商品の販売比率が増えただけかもしれない。勝率が上がっても、勝ちやすい小額取引が増え、大きな損失を隠しているかもしれない。数字の構造は似ています。

セグメント情報は会社の「分け方」も見る

日本の会計基準では、企業は報告セグメントの概要、利益や損失などを開示し、セグメントの決定方法も説明します。IFRS第8号も、異なる事業活動や経済環境の財務的影響を評価できる情報の開示を求めています。

とはいえ、会社が持つすべての事業が細かく公開されるわけではありません。似た経済的特徴を持つ事業がまとめられたり、小さな事業が「その他」へ入ったりします。

決算比較では、数字だけでなく注記も確認したいところです。

注記で見るものなぜ見る?
セグメントの決定方法何を同じ事業としてまとめたか分かる
区分の変更前年との比較条件が変わっていないか分かる
利益の測定方法本社費や共通費をどう扱うか分かる
調整額セグメント合計と全社利益の差を確認できる
「その他」の中身小さい成長事業や赤字事業が隠れていないか見る

前期と今期でセグメント名が同じでも、中に入る事業が変わっていることがあります。会社が前年数字を組み替えて比較表示していれば、その数字を使います。組み替えがない時は、単純な前年比に慎重になった方がよさそうです。

単一セグメントの会社なら、商品別売上、地域別売上、顧客別の説明、KPIなど代わりの分解を探します。分けられる情報が少ないこと自体も、分析上の制約として残しておきます。

決算で見る順番を「全体→中身→構成」にする

数字を細かく分けすぎると、今度は全体像を見失います。順番を固定すると読みやすくなります。

1. 全社の売上・利益・利益率を見る
                ↓
2. 事業別の売上と利益率を見る
                ↓
3. 各事業の採算が改善したか確認
                ↓
4. 売上構成比の変化を確認
                ↓
5. 構成変化が一時的か継続的か考える

確認表へすると、こんな形です。

確認項目今期前期変化の理由
全社営業利益率
主力事業の利益率
成長事業の利益率
高利益率事業の売上構成比
低利益率事業の売上構成比
セグメント区分・測定方法
一時要因・季節性

全社利益率が上がり、各事業の利益率も上がり、高利益率事業の構成比も増えているなら、複数の改善が重なっています。

全社だけ上がり、各事業は下がっているなら、構成変化の持続性を見ます。全社は下がっても各事業が改善しているなら、低利益率事業が増えた理由と将来の採算を確認します。

数字の良し悪しを決める前に、どの組み合わせなのかを選ぶだけでも読み違いを減らせます。

株価が反応するのは、平均より「次も続くか」

全社利益率の改善が構成変化によるものでも、市場が必ず悪く評価するわけではありません。高利益率事業の成長が続くなら、会社全体の利益構造がさらに良くなる期待につながります。

一方で今期だけ大型案件が重なったり、低採算商品の出荷が翌期へずれたり、為替換算で高利益率地域が膨らんで見えたりすることもあります。このような一時要因なら、次の四半期に構成が戻るかもしれません。

株価を見る時は「利益率が上がった」という結果だけでなく、市場がその改善を何年続くものとして評価しているかも考えたいです。

良い決算でも、構成改善がすでに期待されていたら株価は動かないことがあります。悪く見える利益率低下でも、将来の高収益事業を育てる先行投資なら評価されることもあります。

平均を分解する作業は、決算を悪く解釈するためではありません。改善の持続期間を考えるために使うものです。

まとめ:利益率を「採算」と「構成比」に分けて読む

全社利益率が上がっていても、各事業の利益率がすべて改善しているとは限りません。高利益率事業の売上構成比が増えれば、各事業の採算が悪化していても全社平均は上がります。

反対に、各事業の採算が改善していても、低利益率事業の比率が増えれば全社平均は下がります。

だから決算では、全社利益率を見た後に、事業別利益率と売上構成比へ分けます。採算が変わったのか、構成が変わったのか、両方なのか。その順番なら平均数字を捨てず、中身も見落としにくくなります。

構成比による改善も、本物の経営改善になりえます。高収益事業への移行が続くなら、むしろ会社の姿が変わっているサインかもしれません。大事なのは「平均が上がった」で止めず、その変化が次も続く理由を探すことです。


※本記事は特定銘柄の購入推奨ではありません。紹介したデータや戦略は一つの強力な指標として参考にし、投資判断はご自身のリスク許容度に応じて行ってください。

あわせて読みたい

今回の記事では、全社利益率とセグメント利益率の見え方が逆になるケースを、シンプソンのパラドックスから考えてみました。

平均は間違っていません。

ただ、平均だけを見ていると、何が良くなったのか、どこが悪くなったのかを見落とすことがあります。

同じように、ポートフォリオでも「5銘柄持っているから分散できている」とは限りません。

銘柄数ではなく、同じ理由で下がるものが重なっていないかを見る考え方はこちらです。

関連記事:
5銘柄持っているのに全部下がる|相関で見る、見た目だけ分散

投資では、標準偏差や平均のような数字もよく使われます。

ただ、正規分布や標準偏差だけでは見えにくいリスクもあります。

数字をどう使い、どこに限界があるのかはこちらの記事でも整理しています。

関連記事:
標準偏差と正規分布の限界。「ブラックスワン」を数学的にどう組み込むか

決算の数字が良く見えても、株価が素直に上がるとは限りません。

市場の期待値、モメンタム、需給の巻き戻しによって、好決算でも売られることがあります。

関連記事:
業績が良いのに株価が下がる理由|モメンタム相場と期待値の巻き戻し

株価は業績だけではなく、期待、金利、需給、投資家心理でも動きます。

決算後の株価反応をもう少し基礎から整理したい方はこちらもどうぞ。

関連記事:
〖第2回〗株価はなぜ動く?4つの要因でシンプルに解説

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