ROE15%を達成。じゃあ会社は強くなった?
中期経営計画を見ていると「ROE15%」「営業利益率10%」「EPS年平均10%成長」みたいな目標がずらっと並ぶ。
数字がはっきりしていると読みやすいんですよね。達成なら丸、未達ならバツ。会社側も説明しやすいし、投資家も比べやすい。
でもROEが10%から15%へ上がったとして、会社まで1.5倍強くなったかというと、そこは別の話なんですよね。
利益が増えて上がったならうれしい。でも借金を増やして自己資本を小さくしても、自社株買いで分母を減らしても15%は作れる。
同じ15%でも、作り方はぜんぜん違う。
数字が間違っているわけではありません。むしろ計算は合っている。でも、その数字を目標にした瞬間から、人は達成しやすい道を探し始めるんですよ。
この話に名前をつけるなら、グッドハートの法則。
指標が目標になると、人は指標に合わせて動き始める
グッドハートの法則は、英国の経済学者チャールズ・グッドハートの金融政策に関する議論から広まった考え方。
もとの趣旨をやわらかくすると「安定して見えた関係も、政策でそこを狙い始めると崩れやすい」というもの。よく知られる「測定指標が目標になると、良い測定指標ではなくなる」という言い方は、1997年のマリリン・ストラザーンの論文などを通じて広まりました。
たとえば、お店が店員へ「1時間に20人へ声をかけよう」と目標を出したとしましょうか。
最初は接客を増やすための数字。でも評価や給料まで声かけ件数で決まるようになると、会話の途中でも切り上げたり、買う気がない人へ片っ端から声をかけたりするかもね。
件数は達成。でも売上や満足度は上がっていない。むしろ下がることもある。
本当に増やしたかったもの
接客の質・売上・満足度
↓
測りやすい数字へ置き換える
声かけ件数
↓
件数だけが目標になる
↓
数字は上がる。でも目的から離れていく
会社のROEやEPSでも、似たことが起こる。
ROEは「利益を増やす」以外でも上げられる
ROEは、株主が出したお金に対して会社がどれくらい利益を生んだかを見る数字。
ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本
上げ方は一つじゃないんですよ。
| ROEを上げる道 | 何が起きる? | 会社の強さ |
|---|---|---|
| 利益を増やす | 分子が大きくなる | 本業の改善なら強くなりやすい |
| 不採算資産を減らす | 少ない資本で稼ぐ | 資本効率の改善につながる |
| 自社株買いをする | 自己資本が減る | 買う価格と余剰資金次第 |
| 借入を増やす | 自己資本を小さくできる | 金利負担と財務リスクが増える |
| 大きな損失が出る | 翌期の分母が小さくなる | 良い改善とは呼びにくい |
架空の会社で見てみましょうか。実際のROEは期首・期末の平均自己資本などで計算しますが、仕組みを見るために単純化します。
| 変更前 | 借入と自社株買い後 | |
|---|---|---|
| 当期純利益 | 100億円 | 90億円 |
| 自己資本 | 1,000億円 | 600億円 |
| 有利子負債 | 200億円 | 600億円 |
| ROE | 10.0% | 15.0% |
利益は100億円から90億円へ減っています。それでも自己資本が1,000億円から600億円へ減ったので、ROEは10%から15%へ上昇。
ROE目標だけ見れば達成。でも稼ぐ額は減って、借金は増えている。
自社株買いや借入が悪いという話ではありません。余った資金を安い株価で買い戻せるなら、株主にとって良い使い方になることもあります。でもROEが上がった事実と、本業が強くなった事実は分けたいところ。
私ならROEの横に、営業利益、ROIC、有利子負債、営業キャッシュフローを置きます。分子が育ったのか、分母を小さくしたのか。まずはそこから。
EPSが増えても、会社全体の利益は増えていないことがある
EPSは1株当たり利益。こちらも分数。
EPS = 当期純利益 ÷ 発行済み株式数
純利益100億円、株式100億株ならEPSは1円。自社株買いで株式が80億株へ減れば、利益が100億円のままでもEPSは1.25円へ。
| 自社株買い前 | 自社株買い後 | |
|---|---|---|
| 純利益 | 100億円 | 100億円 |
| 株式数 | 100億株 | 80億株 |
| EPS | 1.00円 | 1.25円 |
EPSは25%成長。でも会社全体の利益は0%成長。
もちろん1株の取り分は増えています。それ自体には意味があります。でも「EPSが25%伸びたから事業も25%成長した」と読むと、話を盛りすぎなんですよね。
見るならEPSと純利益をセット。さらに自社株買いへ使った金額、買った時の株価、買い戻した後も成長投資へ回す資金が残っているかまで見たいかな。
営業利益率は、未来の費用を削っても上がる
営業利益率を上げるなら、値上げ、生産性向上、商品構成の改善。このあたりが王道。
一方で研究開発費、広告費、採用費、設備の保守費用を削っても、今期の利益率は上がる。
来年売る商品がまだない。ブランドが少しずつ弱る。人が育たない。設備トラブルが増える。困るのは少し先なので、今期の表にはきれいな数字だけ残ることもあるんですよ。
短期の利益率目標が強すぎると「今年の利益を作るために、来年の種を食べる」動きが出やすくなるんですよね。
| 利益率が上がった理由 | 今期 | 数年後 |
|---|---|---|
| 値上げが定着した | 利益率アップ | ブランドと数量が保てれば続く |
| 生産性が上がった | 利益率アップ | 再現できれば強い |
| 不採算事業を整理した | 利益率アップ | 売上減とのバランスを見る |
| 研究開発費を削った | 利益率アップ | 新商品が細るかも |
| 広告・採用を止めた | 利益率アップ | 顧客と人材が減るかも |
利益率だけではなく、売上成長、研究開発費率、受注、新商品、従業員数も一緒に見る。今の効率が上がったのか、未来へ回すお金を止めたのか。意味はそこで変わる。
高配当利回りは、配当が増えなくても作れる
会社だけでなく、投資家側も指標へ引っ張られる。
「配当利回り5%以上だけ買う」と決めると、銘柄探しはラク。でも配当利回りは、株価が下がるほど上がる数字なんですよ。
年間配当50円で株価1,000円なら利回り5%。株価が500円へ半減すれば、配当が1円も増えていなくても利回り10%。
高利回りという目標を追いかけたら、業績悪化で売られている会社ばかり集まった。そんなことも普通にあります。
| 欲しいもの | 目立つ指標 | 一緒に見たいもの |
|---|---|---|
| 安定した配当 | 配当利回り | 配当性向、FCF、減配履歴 |
| 株主資本の効率 | ROE | ROIC、利益額、借入 |
| 1株価値の成長 | EPS | 純利益、自社株買い額 |
| 本業の採算 | 営業利益率 | 売上、研究開発、受注 |
| 成長する顧客基盤 | 会員数 | 解約率、単価、利用頻度 |
指標を一つに絞ると選びやすくなります。その代わり、その数字を高く見せる別ルートまで一緒に拾ってしまうんですよね。
自分の投資目標にもグッドハートは入り込む
会社を分析する時だけの話でもない。
「年間10%増やす」「毎月5万円の配当」「20銘柄へ分散」「勝率60%」。投資目標としては分かりやすい。でも達成が目的になると、行動の方が数字へ寄っていく。
| 目標にした数字 | 起こりやすい寄せ方 | 横に置きたい上限 |
|---|---|---|
| 年間リターン10% | レバレッジや集中を増やす | 最大損失、生活資金、集中度 |
| 月5万円の配当 | 高利回り銘柄へ偏る | 減配耐性、業種偏り、配当性向 |
| 20銘柄へ分散 | 同じテーマを20社持つ | 相関、共通の下落理由 |
| 勝率60% | 小さく利確して損失を引っ張る | 損益率、最大損失、期待値 |
| 売買回数を減らす | 必要な見直しまで止める | 保有理由、決算確認日 |
目標そのものが悪いわけではないです。数字があるから振り返れるし、計画も立てやすい。
でも目標を守るために、もともと避けたかったリスクを増やしていないか。たまに横から見てみたいところ。
20銘柄へ増やしたのに全部半導体。勝率は上がったのに、一度の損失で利益が消える。配当は月5万円へ届いたけれど、減配したら家計まで苦しくなる。
数字は達成。でも欲しかった状態とは違う。グッドハートの法則は、そんなズレを見つける時に使いやすい。
指標は捨てず、相棒と副作用を決める
グッドハートの法則を知ると「KPIなんて意味ない」と言いたくなるかもね。でも数字を全部捨てると、今度は雰囲気だけの経営や投資になってしまう。
東証も2023年からプライム・スタンダード市場の会社へ、資本コストや株価を意識した経営を求めています。2026年の更新では、適切な経営資源の配分にも重点を置きました。単にPBRやROEの数字だけを上げる話ではなく、持続的な企業価値へつなげる取り組みです。
指標は残す。その代わり一つで判定しない。私はこの形が使いやすいかな。
主役の指標を1つ決める
+
作り方を見る相棒を置く
+
増やしたくない副作用へ上限を置く
ROEなら、相棒は利益額やROIC。副作用は有利子負債や自己資本の減り方。EPSなら、相棒は純利益。副作用は高値での自社株買いと成長投資の不足。
| 主役の指標 | 相棒 | 副作用を見る数字 |
|---|---|---|
| ROE | 純利益、ROIC | 有利子負債、自己資本比率 |
| EPS | 純利益、FCF | 自社株買い額、投資額 |
| 営業利益率 | 売上、粗利率 | 研究開発費、広告費、人員 |
| 配当利回り | 1株配当、FCF | 配当性向、借入、減配履歴 |
| 会員数 | 継続率、単価 | 獲得費用、解約率 |
高いか低いかより、どうやって動いたか。数字を読む時の会話が一段増える。
数字の作られ方を見る5つの質問
決算や中期経営計画で目標値を見つけたら、次の五つをメモ。これくらいが使いやすい。
| 質問 | 自分の場合 |
|---|---|
| その数字は、本当は何を測りたい? | |
| 分子と分母のどちらが動いた? | |
| 事業が強くなった結果?数字を作る施策の結果? | |
| 今期の改善と引き換えに、未来の費用を削っていない? | |
| 相棒の指標と、副作用を見る数字は何? |
ROE15%という目標を見たら「15%だから良い」で終わらせず、利益はいくら増えた?借入は?自社株買いは?研究開発や設備投資は残っている?まで聞いてみる。
会社側の目標でも、自分の投資目標でも同じ。数字へ近づいた時ほど、欲しかった状態にも近づいているかを見直す。少し面倒だけれど、この一手間で指標との距離が取りやすくなる。
まとめ:数字より「数字を良くした方法」を読む
グッドハートの法則は、指標を信じるなという話ではありません。指標を目標にすると人の行動が変わり、以前と同じ意味では読めなくなる。そんな話です。
ROEは利益を増やしても、自己資本を減らしても上がる。EPSは利益が同じでも株式数を減らせば伸びる。営業利益率は生産性を上げても、研究開発費を止めても改善。配当利回りは株価が下がるだけでも高くなる。
なので数字が上がったら、次に「どうやって?」と聞く。
分子が育ったのか。分母が小さくなったのか。未来の費用を今期から外したのか。リスクを増やしたのか。
目標達成の丸印より、その道のりの方が会社の性格をよく見せてくれます。私なら数字を一つ選び、相棒を一つ置いて、副作用を一つ決める。このくらいから始めるかな。
※本記事は特定銘柄の購入推奨ではありません。紹介したデータや戦略は一つの強力な指標として参考にし、投資判断はご自身のリスク許容度に応じて行ってください。
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配当利回りは分かりやすい数字ですが、株価が下がるだけでも高く見えます。
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